2. 博士課程進学のきっかけと手続き(大学・社内調整)
前回からの続き
きっかけ/動機
- 2007年に修士課程を修了して,典型的なユーザ系SIerに入社.そこで,よくあるSIerの闇を体験しながら,大学時代に追い求めたIT技術と世の中のIT技術の乖離を強く実感.新入社員なので,当然裁量もなく,素人がゆえに作り上げてしまったであろう過去の意味不明な因習に縛られた作業を日々長時間やっている状態.
- 数年それを続けた後,そのような現状から逃げ出したい気持ちと,大学同期との経験面で差が目に見えてくる恐怖と羨望から,社内の技術に特化した部署への異動を願い出る.願いがかなうものの,やはりそこは典型的なユーザ系SIer.技術部署のレベルは推して知るべし.学生の身分だったとはいえ,専門分野の国際会議などの第一線で発表やディスカッションの経験を味わった身としては,まったく物足りず.
- そのような入社数年の特有の不満が募る中,某グローバルIT企業から会社宛てにクローズドイベントの招待状が届く.タイトルは忘れたが,その企業の研究成果を博士が直接アピールするというイベント.あまり興味はなかったが,お付き合いということで,私が参加することに.
- 参加者は10名程度のこじんまりとしたものだった.博士がアピールするテーマは,データベース技術や工程管理技術の応用などで,私の興味のある技術分野ではなかった.しかし,連綿と続く研究の歴史を感じさせる発表や,目を輝かせながら説明をする研究者,私からの素人質問に対する研究者独特の回答~ディスカッション~知識発見の流れを,この場で再び体験.これが,心を,たまらなく揺すった.研究をしたいという気持ちに再び火が付いた.
決断
- とはいえ,所属企業では,このような研究を業務としてやっておらず,また,転職しようにも研究実績としての数年のブランクは大きなマイナスとなってうまくいかず.このとき,博士課程に進学することを初めて考える.
- やるからには,興味のある研究分野を専攻し,突き詰めて,成果を上げることを目標に,その分野で著名な海外の大学院進学をまずはターゲットにした.しかし,現実問題として,学費のみならず,生活費についても工面が必要で,国や大学の支援制度を探すものの,年齢制限や現在の収入制限などの関係で,すべて使えず.後述するが,所属企業では,大手企業のように留学制度もなく,自力で行うしかない状態.
- 正直,やめようかと思った.
- 宴会の中などで,友人や会社の先輩に相談に乗ってもらった.いろいろなアドバイスをもらったが,その中で決定的だった言葉は,「これからの人生の中で,今が一番若い」だった.研究活動は,若さ(タフさ)が要求されることは体験済だったので,判断に時間をかけてやるよりも,とにかく行動に移そうと決断できた. (国の支援制度に年齢があるのはこのためだと思うのもよく理解できる.)
これから先,熟考に熟考を重ねて研究の道を考えたり,所属企業で,留学制度を企画して規定に落とす道を考えると,モチベーションの面としても経済の面としてもよいことは想像できた.しかし,この言葉で,考える時間よりも行動する時間を増やしたほうがよい,という決断ができた.これは,振り返ると大正解だった.
決断をしたものの,お金の問題は解決しない.そこで,仕事をつづけながら研究を行える可能性の高い,国内の大学院にターゲットを切り替えた.
- 2011年の2月.運よく,これまで指導していただいた国内大学院の先生につながることができ,事情を相談.案を2つ提示される.第一案は,仕事をしながら研究ができるように,都内の有名大学の先生を紹介いただき,研究テーマを広げるもの.第二案は,遠方になるものの相談した先生に師事し,研究テーマを深めるもの.後者であれば,数日後に博士課程の2011年度最後の入試があるとのこと.とにかく,早く始めるために,後者を選んだ.
手続き
大学との調整
入試が差し迫った時期だったため,調整は最低限に.合意をとったポイントは以下2点.
入試方法
「一般入試」と「社会人特別選抜」の2つの方法があった(多分).私の場合は,先生と相談して「一般入試」で.理由は,一般入試の場合,これまでの研究実績が考慮されるため,研究実績の代わりに必要となる社会人特別選抜用の書類(作文含む)を準備しなくてよいことが決め手となった.
単位取得(通学)
博士課程も,修了要件には,一応単位取得がある.大半は,研究の過程で認定されているのだけれども,数単位については,他の先生の講座に伺って指導を受ける必要がある.というわけで,よさそうな先生を紹介してもらって,個別調整.後述するが,基本的には教科書を読んで,レポートをまとめて,ディスカッションを行うというスタイルで認定いただくことで着地.事務側としても,問題ないとのこと.
企業との調整
要求
社内に留学制度はないことを知っていたが,それでも交渉は行った.要求事項は2つ.
- 仕事と関連のある研究を行う場合,業務の一部として大学での研究活動を認めること.
- それに係る費用の一部,または,全部を負担すること.
回答
会社(人事・経営部門)からの回答は,以下
- 個人に利に資する活動のため,会社と関連のある研究であったとしても認定しない.
- 費用は負担しない.
良かった点
- 分ってはいたけれども,改めてこの事実を確認できたことはよかった.ちなみに,所属部門のラインの上司からは相当後押しをしてもらえた.お金と時間の面は解決しなかったが,活動そのものへの理解をもらえたのは精神の面から相当励みになった.
- その上司からは,仕事中に研究を行ってもよいといわれていたが,さすがに仕事をほったらかして研究をするわけにはいかないので,他の同僚と同じように業務時間中はただ業務に専念することにした.
悪かった点
- あわよくば,研究を進められるような社内業務を企画して,私が行う研究成果が,大学としても企業としても認められるような環境を作りたいと思い,それぞれの場で調整を続けた.これは,のちに悪い結果となる.二兎追うものは一兎も得ず,状態に・・・.
- もしかすると,ここで頑張って制度化を粘っていたら,もう少し学業に集中する時間を作れて,結果として,早く修了できたかもしれない.
入試
前日まで
前日までじゃなかったかもしれませんが,以下の書類を準備.
研究計画書とは,博士課程進学後,何のテーマでどのような進め方をするか,といったことを1~2枚程度作文するもの.評価される項目としては,アカデミックライティングの能力を測るためのものだと思われる. 作成にあたっては,普段から仕事をしながら課題に感じている項目を書き留めていたノートがあったので,その中から研究テーマにできそうなものを選んで,作文. 詳細なテーマは伏せますが,概要としては「並列計算フレームワークにおける通信プロトコルの設計」.きっかけは,当時,イケイケだったHadoopの通信周りがあまりにも貧弱で,業務に使えなったため,これを解決することを考えました.(もちろんHadoopは例であって,研究としては一般化します.) この研究計画書作成にあたって,先行研究も十分に調査できていなく,主観的に記述することが精いっぱいでした. ただ,後日先生に聞いてみたところ,研究計画書はただの計画書なので,進学後に勉強をしたところ,当初の計画がいまいちなのが判明したなどの理由で,研究の進め方からテーマそのものまで柔軟に変更可能(というか,研究とはそういうもの)とのことで,あまり中身はどうでもよかったらしいです.
- 入試前に,一応会社の役員に事情を説明.正式に休みを取得.
当日
入試は,入試日の指定された時間に,試験会場に行って,入学審査を行う複数の先生たちの前で,研究計画を発表するもの. 発表会場は,10名掛けくらいの普通の会議室で,専攻科の教授陣が集まります. 15分くらいで,研究計画(主に研究に取り組む意義)について説明し,それに対して,先生方が質問されます. 内容は覚えていませんが,厄介な質問は,コストの問題に帰着させて,企業人独特の苦悩を共有して乗り切りました(笑). 一番心配されたのは,仕事と学業を両立させること.専攻科長からは,業務繁忙期に研究が進まなくなる事例をたくさん見てきたとのことで,相当心配されました.このとき,私の中であった,社会人だから修了条件や研究環境がちょっと甘くなるとかそういう期待は消えて,履修期間が長くなるかもしれないことを覚悟した瞬間でした.
入試は,「これからの研究生活頑張って」,と言われて終わりました.ということで,無事合格なのかな?という怪しい気持ちで帰路に立ちます.
この日,ここまで相談に乗ってもらった先生に,お土産(駅とかで売ってるもの)を持って行ったのですが,ちょっとマズそうな顔をされていました.そりゃそうですよね.これから入試を受ける人からモノをもらうとかは,あんまり望ましくないですね(笑).
事後
- 約1週間後の合格発表日に,受験番号の掲示がなされて,正式に合格を知ります.
合格発表後
- 事務手続きとして,入学金と初年度(前期)の学費を支払います,引き落としではなく,敢えて,手数料の高い請求書に基づく支払いを選択しています.この理由は,会社との交渉を継続しながら,立替払いとして認めてもらえないかという期待感からですね.
- 入学式やオリエンテーションの案内をもらいましたが,遠方なので欠席.必要な書類(学生証やシラバス)などは,後日郵送されてきました.
というわけで,進学後の話に続く・・・