4. 研究の進め方と研究発表(社会人学生としての研究の苦悩)
これまでの記事の続きです.
博士課程に在籍していた計6年間について,時系列でまとめます
サマリ
まとめるとこんな感じです.
年次(年度) | 学業 | 仕事 | 備考 |
---|---|---|---|
1年目(2011) | ◎ | 〇 | |
2年目(2012) | 〇 | △ | |
3年目(2013) | △ | × | 異動 |
4年目(2014) | × | △ | |
5年目(2015) | × | △ | |
6年目(2016) | △ | 〇 |
1年目
以前の記事で書いたように,研究テーマは「並列計算フレームワークの通信プロトコルの設計」です. これをテーマに設定した理由は,仕事で並列計算フレームワークを取り扱っていて, いくつか問題点にぶつかっていたからです.
従って,学業と仕事がうまくリンクして,お互いの成果をお互いで還元しあうという,大変よい関係になりました. おかげで,授業に出るための時間を捻出できたり,効率よく専攻研究を調査したりできました.
この1年で,自分が取り組もうとしていた研究分野の動向を把握したり,研究のカンを取り戻したりしました.
研究のテーマとして,貌になったのは,9月か10月頃だったように記憶しています.
研究を推進する上では,データを取得するための実験環境を作る必要があるのですが, この,問題の再現環境を作るために,3か月くらいかかりました. 問題の再現状況を確認するための満足のいくデータや,先行研究の追従実験により得られるデータなど,ほぼ丸1年かかりました.
それと同時に,いくつか問題を解決するためのアイディアが浮かんできますので,先生とディスカッションをしながら,策をまとめて始めます.
ちなみに,この年の5月,父が他界しました. 大学の先生からは,学業のことは後回しになっても構わないなど,結構フォローしてもらいました.
2年目
2年目になると,1年目とは変わって,仕事上の配慮がほとんどなくなりました. (定期的に忙しいアピールをすればよかったのかもしれませんが.)
また,仕事としての並列計算フレームワークの検討も,上期中に暗礁に乗り上げ,下期には活用の展望が見えない状態になります. 大学での研究テーマになるくらいのものですから,短期的な目線で進める仕事の世界では,なかなかうまく使いこなせる場面がつくれません. それに,この技術だけを追い求めていれるだけの余裕もなく,世間を賑わす新技術の評価も同時並行で進める必要に迫られます.
一方で,学業のほうは,1年目に思い浮かんだアイディアを実装し,一定の効果を示すデータが手に入りました. 善は急げということで,早速査読付き国際会議に投稿したところ,ありがたいことに上々の評判を得ました.
3年目
新しい年度になってから,前年度に発表した国際会議のネタを日本語にして発表したり,また,ディスカッションでコメントをいただいたことを反映させて,新しく論文を書いたりと,上期は充実した学業になりました.
しかし,仕事においては,並列計算フレームワークの検討が進まなくなっていました.理由は,機能制約が大きすぎること(だから研究している)と,その制約内のニーズに適合する領域が所管する範囲でないこと. そこで,相応しいであろう領域を所管する部署に,並列計算フレームワークのノウハウを引き渡し,私は別の仕事に専念することに.
年度が替わって4月,急遽,経営ミッションとして,サイバーセキュリティ強化の組織組成・企画を担当することになりました. 組織の組成に約4か月を費やし,その後,9月から,私もその新組織のメンバーとして参画.関連会社への兼務出向の開始など,仕事環境は劣悪になりました. 下期にあたっては,午前6:30に家をでて,帰宅は午後11:30以降という,平日も土日も研究すらできない状態が続きました. (ちなみに,裁量労働制なので,残業代は出ません笑.出向先の人はでるのに,,,会社が違うとこういう不公平感を感じるんだなあとよく実感できました.)
上期に,新しく執筆した論文を国際会議で発表したりなど,順調ではあったものの,下期以降はほとんど研究に着手できず,大学の先生とも週次で行っていたミーティングが,月次くらいに極端に低下しました.しかも開いても,進捗なしという報告をする寒い状態です.
これはいかん,と思い,関係者に事情を話し,少なくとも勤務体系は前年と同じような状況に戻してもらえました. この時の周囲の方のフォローには感謝の念に絶えません.
4年目
3年目の後半6か月分のブランクの取り戻しに,全力を尽くしました.
この研究テーマとしては,初めてのジャーナル投稿ということで,まずは,国内最有力の学会に投稿しました. 残念ながら,査読者からは,先行研究調査が足りないといわれ,その後,条件付き採録→Rejectという,なかなかのコンボを食らったりしました.
研究テーマを設定してから,約4年の間に,この分野はレッドオーシャンになっていたようです. マナーとしては良くないのですが,査読者から先行研究の論文リストをもらったようなものですので,それらを精読して,アプローチを分析し,自身の論文のIntroductionやRelated Workに継ぎ足しし,磨いていきました.
一旦,30ページ位の形になった後,海外のそこそこ有力学会(ImpactFactorが2点後半)に投稿しました. しかし,査読者から,ここでもMajor revisionが要求されてしまいました. 主な指摘事項は,2点.
- 2年目に発表した国際会議の論文からの新規性が小さい
- フィールド実験データが足りない
前者は,そもそも,国際会議で発表した内容と,ジャーナルで発表した内容は重複してもよいはずで,それが認められないのであれば,だれも国際会議で発表しなくなる(あるいは質を下げてディスカッションすることになる). 後者は,まあ,すみませんって感じですが,再現環境を実際に作るとなると,とんでもないお金がかかるし,ほとんどの他の研究は,シミュレーションで済ませているのに,なぜ私たちだけそれを要求されるの?って感じでした.
愚痴になりますが,査読者も研究内容を分かってもらえなければ,エリアエディターも,さらに査読者のコメントを誤解していたりと,交渉する気もなくなるひどいものでした.. オリジナリティを出せば出すほど,理解者が減っていく宿命であると,よくわかりました.
5年目
というわけで,3年目~4年目のグダグダを取り戻そうとするわけですが,まずは,これまでの査読者から言われたコメントに真摯に対応することを目指しました. 新規性を示すために,実験データだけでなく,数値モデルを作り,解析的に性能を出せるようにしました. また,提案法を実装するための前提条件や細かな挙動などを追加しました.
20ページくらいの形になたっところで,また別の有力学会(再録率10%未満)に投稿.
査読待ちの間は特にやることはないのですが,知識が鈍らないように,別の研究を進めていました. 案外,そちらのほうが良い結果がすぐに出てきたりして,うれしいような,そうでないような,,という状態でした.
6年目
年度が替わってすぐ,投稿していた論文誌から採録通知をもらいました. ようやく,これで研究実績がそろったことになりますので,いよいよ博士論文の執筆にかかります.
ちなみに,5年目の後半で閃いた新しい方法についても,7ページくらいにまとめてジャーナルに投稿しましたが, 査読者からは,発想は大変良いが,データ取得の前提根拠やアルゴリズム設計の細かな思想のところなどを指摘されてReject. 再度,これはこれとして,投稿準備中です. 主に学部生の指導ということで,国内の大会のネタとしてプレゼントしました.
さて,博士論文の執筆ですが・・・
続く・・・