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博士号取得体験記

(作成中)会社で仕事をしながら博士課程に進学した体験記を公開します

6. おわりに

まとめ

  • 1回目の記事では,博士号取得に費やした時間(約700日)や費用(約500万円)をお示ししました.

phd.hatenablog.jp

  • 2回目の記事では,博士課程に進学した動機ついてご紹介し,進学すると決意したあとの具体的な手続き(会社側・大学側)について説明しました.

phd.hatenablog.jp

  • 3回目の記事では,博士課程独特の単位の取り方は,少人数クラスで行われるため,かなり融通が利くことをご説明しました.

phd.hatenablog.jp

  • 4回目の記事では,課程全体を通じた研究活動について,計6年/年別にまとめました.また,仕事や学業が不調なときの対応方法の一例もご紹介しました.

phd.hatenablog.jp

  • 5回目の記事では,博士課程の最終審査としての学位論文構想開始から審査合格まで約6か月の道のりをご説明しました.

phd.hatenablog.jp

博士号取得後の状況

博士号を頂いてから,まだ1か月も経っていませんので,画期的に生活が変わったという実感はほとんどありません.まだ,名刺にも学位は書いていません.

しいて言えば,これまで研究活動に充てていた時間を自由に使えるようになったことで,プライベートの時間が大幅に増えたことと,LinkedInなどのSNSで学位を更新したことで,送られてくる転職スカウトメールの年収レンジが200~400万円程度アップしたことくらいでしょうか.

所感

とても険しい道のりでした.しかし,博士号を取得すると目指し,行動を開始したことに関する後悔はありません. 研究の過程は,苦しいながらも面白く,やはり,真理(とまでははいえませんが,問題の本質)に到達したときの優越感に近い達成感は,何物にも代えられない快感があります.

問題の捉え方や解決のアプローチが正しいのかどうかわからない中,手探りで進み,時たま,学会等で他の研究者の興味や研究を聞いてみたりし,中には,同じ研究テーマで別の似たような研究をしている人の存在を知り,追い越された感を感じつつ,一方で,自分のアプローチは間違っていなかったという安心感というか,変な仲間意識が芽生えたり...

研究の具体的なテーマを進めることは基本的に孤独ですが,研究というプロセスは共有可能な部分も多いです.そういった仲間を感じることができたのは,大変よかったですね.この部分は.修士課程でも感じることでもありますが,博士課程の場合は,具体的な成果で焦る場面も多々あるので,印象も少し違って見えました.

今後について

正直,まだまだです.

博士号を取得しただけなので,研究者としての実績はこれから積み上げていくようなものですし,いまの仕事もやらなくてよいわけではありませんので,何も変わりません. ただ,次のステップの選択肢&行動力は格段にアップした状態だと思っていますので,積極的に,今回の過程で得たモノを使って,次の快感(と苦労)を探しに行きたいと思います.

というわけで,いったん,ここで筆をおきますが,今後何かあったりなかったりしたときに,折に触れてブログでお知らせしてみようかなと,考えています.

最後に,改めて,この6年間,公私様々な場面でお世話になった関係者各位に深い感謝を申し上げます.

引き続き,ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます.

P.S.

面白いお仕事ネタがあれば,スカウトお待ちしております(^^)

5. 学位申請と博士論文執筆(公聴会までの流れ)

前回のお話

phd.hatenablog.jp

目次


学位申請

要件

学位申請を行うためには,有力な学会で他の研究者から成果を認められていることを証明するものを付ける必要があります. 何をもって証明するのかは,大学によって異なりますが,大体,有名ジャーナルに論文〇本以上採録とかです. うちの場合,どんなに厳しい査読を踏んだ権威のある国際会議であったとしても,その他成果扱いで,本当にジャーナル以外,何も認められません. また,特許やビジネス的な活動は,学術としてはその他成果扱いとなります.

仕事をしながら研究をするにあたって,アカデミック活動以外,成果として認められないのは,ちょっと辛いところです. (当たり前といえばそうなのですが)

スケジュール

2016年5月にジャーナルからの採録通知をもらいましたので,この時点で,学位申請をいつ行うか,という相談を先生と行います. 私が所属していた大学は,9月授与と3月授与の2通りが選べますが,博士論文(D論)執筆の時間を考えて,3月授与を選択しました.

主な内容
5月 要件達成
(他の研究 )
10月 D論構成案作成
11月 2章執筆
12月 3章執筆
1月 4章執筆,学位申請
2月 全体見直し,公聴会
3月 学位認定,製本,学位授与

論文執筆

書き方

これまで投稿した複数のジャーナル掲載論文や,国際会議発表内容を1つの論文として仕上げます. 論文の書き方は,先生の指導の下で,いろいろなやり方があると思いますが,私の場合は,目次を決めた後,2章から中身を先に書き始めて,その後1章と最終章を書き,最後に要旨を書くというスタイルです.

但し,D論は文書自体が長いので,学位申請に間に合わせるために,途中で要旨(A4 1枚もの)と概要(A4 2枚もの)を作りました.

楽しいこと

  • 好きな言語で執筆できる

日本語を選びました.博士課程で唯一日本語が許されるときかもしれません. 言語選定理由は,私が英語苦手だったからというのもありますが,母国語で最新の研究に触れることができることは国力であると思っていますので,世の中にお知らせするときには,日本語を使っていきたいというところからです.(もちろん,研究分野について自分を認めてもらうためには,英語で書くしかないので,ジャーナルは英語で書きますが笑)

  • 枚数制限がない

最終的に,約100ページくらいで抑えました. ジャーナルなどでは,枚数制限がありますので,例えば12ページ以内とか,20ページ以内とか,書けることが限られています. 他方,D論は特に制限ありません.おそらく1000ページでもしっかりかけていれば受理されます(たぶん). これまで温めていたことや,苦労話など,研究の軌跡を細かく記すことができます.

辛いこと

  • 適切な言葉がない

日本語と英語は言葉や文章構造が結構違うので,これまでのジャーナル論文を日本語訳しても,非常に読みにくいものになってしまいます.また,単語も極力日本語訳しますので,日本語になじむ概念を改めて作らなければならず,苦労しました.

  • 長い

辛いことは,この一言に尽きます.

論理構造をキレイに保つことについて,非常に苦労します.ある部分の言葉を修正すると,100ページにわたって論理チェックをしなければならないなど,文書全体が頭の中に入っていないと,スムーズに修正できないです.また,ジャーナル論文をマージするにあたって,論理矛盾が起こらないかとか,図表略称を統一させたりとか,細かな校正を多数行わなければならないため,単純に膨大な時間が必要となります.

先生方に読んでいただくことについても,結構な時間をかけていただくことになるため,どうしてもテンポも悪くなります.

提出

3月授与の学位審査請求申請は,1月上旬が締め切りになります. このときに,審査請求書や学位論文要旨などを提出することになります. 本来であれば,このときに学位論文が出来上がっていることが前提なのですが, まあ,無理なわけでして・・・,いったん提出した後の期限内差し替え作戦で行きました.

結局審査版を提出したのは,公聴会の10日前の2/5でした.

審査(公聴会

博士論文を提出した後は,いくつかの審査のプロセスがあります. まずは,公聴会を行うことです.諸先生方や一般の人を招いて,博士論文の内容を1時間程度で説明します. パワーポイントスライドでいうと35枚くらいの内容です. 説明内容は,会社の偉い人向け位の非常に易しい内容にしながら,数学的な難しさを少し感じてもらえるような構成にしました.

公聴会は,2017年2月15日に大学構内で開催し,専攻科のほぼすべての先生や学生など,約30名位を前に, 研究の意義や成果などを発表し,質疑応答しました. 副査の先生からはそれほど厳しいコメントはなかったのですが,その他の先生から示唆に富んだコメントをいただくなど,刺激的でした. (それは決してネガティブなものではなく,真剣に聞いていただいたからこそでるコメントで,本当に勉強になりました.)

  • 研究なんだから,実際に使えるものだけでなく,もっと理想を追い求めてはどうか
  • トポロジーによって数値モデルの係数が変わるのではないか
  • 本研究で取り扱う分散システムの想定モデルを説明してほしい
  • 前提がいくつかあるが,それが破たんしたときに,どのような結果になるか

などなど.

公聴会を終えた後,先生方だけで教室に残って,審査を行います(私はこの時点で退場). 控室で待機していると,主査の先生が戻ってきて,「公聴会合格だよ」と通知をもらいました. この時,たまたま,大学1年生の時にお世話になった名誉教授の先生とすれ違い,約15年かかったけれども,学位をもらえたことを報告できました.

いただいたコメントを論文に反映させて,最終版を2月末までに提出します.

加えて,先生から論文を製本しておくようにと指導をもらいます.D論国立国会図書館や所属大学の図書館に収めることになっていますが,いまの制度では,製本したものではなく,電子版を収めることが正になるようです.というわけで,本来は製本不要なのですが,今後の人生で必要となる場面が何度かあるそうで,20部ほど印刷するように,とのことでした. 書式は,博士論文の価値がわからない人にも価値を感じてもらえるようにという意味で,上製本(笑). 全部で10万円以上かかりました・・・(笑)

確かに,出来上がったものを見ると,凄そうな印象はあります.

学位認定

公聴会の結果を踏まえて,3月上旬に最終判定会議が行われます.何が判定されるのかは公開されていないのでわかりませんが,成績やらジャーナルでの評価やら,公聴会の内容やら,総合的に判断されるのだと思います.

3/8に大学事務から,正式に合格した旨の連絡をメールでもらい,同時に,学位授与式(と伝達式)の案内と出欠回答の依頼をもらいます. これも大学によると思いますが,私が所属していたところでは, 学位授与式では総代が学長から学位授与され,伝達式では,1名ずつ研究科長から授与される仕組みのようです. 伝達式は,英語でもDENTASTU-SHIKIらしいです.

私の場合,仕事もあり,さらに遠隔でもあることから,辞退し,後日受け取ることにしました.

4/5(予定)に大学に往訪し,主査の先生から正式に学位記を拝受します.

振り返り

6年間という長く険しい道のりでしたが,なんとか歩き切ることができました.

スタートを切るとき,途中で倒れたとき,起き上がるとき,ゴールを迎えるとき,など,何度となく苦しい場面はあったのですが,会社の上司・同僚,大学の諸先生,友人,いろいろな人に助けられ,それらを乗り越えられたと思っています. 研究は研究能力として重要ですが,博士課程をやりきるには,周りのフォローをいかに獲得していけるのか,というところについても重要だと実感しました.

というわけで,周りにこういった決断をしようとしている人や,躓いている人がいれば,これから,積極的に手を差し伸べていければと思います. (但し,不幸なケースも,それなりに見ましたので,やはり本人の意思や力量,外部環境にも大きくよりますので,ケースバイケースですね)

続く・・・

4. 研究の進め方と研究発表(社会人学生としての研究の苦悩)

これまでの記事の続きです.

phd.hatenablog.jp

博士課程に在籍していた計6年間について,時系列でまとめます

サマリ

まとめるとこんな感じです.

年次(年度) 学業 仕事 備考
1年目(2011)
2年目(2012)
3年目(2013) × 異動
4年目(2014) ×
5年目(2015) ×
6年目(2016)

1年目

以前の記事で書いたように,研究テーマは「並列計算フレームワーク通信プロトコルの設計」です. これをテーマに設定した理由は,仕事で並列計算フレームワークを取り扱っていて, いくつか問題点にぶつかっていたからです.

従って,学業と仕事がうまくリンクして,お互いの成果をお互いで還元しあうという,大変よい関係になりました. おかげで,授業に出るための時間を捻出できたり,効率よく専攻研究を調査したりできました.

この1年で,自分が取り組もうとしていた研究分野の動向を把握したり,研究のカンを取り戻したりしました.

研究のテーマとして,貌になったのは,9月か10月頃だったように記憶しています.

研究を推進する上では,データを取得するための実験環境を作る必要があるのですが, この,問題の再現環境を作るために,3か月くらいかかりました. 問題の再現状況を確認するための満足のいくデータや,先行研究の追従実験により得られるデータなど,ほぼ丸1年かかりました.

それと同時に,いくつか問題を解決するためのアイディアが浮かんできますので,先生とディスカッションをしながら,策をまとめて始めます.

ちなみに,この年の5月,父が他界しました. 大学の先生からは,学業のことは後回しになっても構わないなど,結構フォローしてもらいました.

2年目

2年目になると,1年目とは変わって,仕事上の配慮がほとんどなくなりました. (定期的に忙しいアピールをすればよかったのかもしれませんが.)

また,仕事としての並列計算フレームワークの検討も,上期中に暗礁に乗り上げ,下期には活用の展望が見えない状態になります. 大学での研究テーマになるくらいのものですから,短期的な目線で進める仕事の世界では,なかなかうまく使いこなせる場面がつくれません. それに,この技術だけを追い求めていれるだけの余裕もなく,世間を賑わす新技術の評価も同時並行で進める必要に迫られます.

一方で,学業のほうは,1年目に思い浮かんだアイディアを実装し,一定の効果を示すデータが手に入りました. 善は急げということで,早速査読付き国際会議に投稿したところ,ありがたいことに上々の評判を得ました.

3年目

新しい年度になってから,前年度に発表した国際会議のネタを日本語にして発表したり,また,ディスカッションでコメントをいただいたことを反映させて,新しく論文を書いたりと,上期は充実した学業になりました.

しかし,仕事においては,並列計算フレームワークの検討が進まなくなっていました.理由は,機能制約が大きすぎること(だから研究している)と,その制約内のニーズに適合する領域が所管する範囲でないこと. そこで,相応しいであろう領域を所管する部署に,並列計算フレームワークのノウハウを引き渡し,私は別の仕事に専念することに.

年度が替わって4月,急遽,経営ミッションとして,サイバーセキュリティ強化の組織組成・企画を担当することになりました. 組織の組成に約4か月を費やし,その後,9月から,私もその新組織のメンバーとして参画.関連会社への兼務出向の開始など,仕事環境は劣悪になりました. 下期にあたっては,午前6:30に家をでて,帰宅は午後11:30以降という,平日も土日も研究すらできない状態が続きました. (ちなみに,裁量労働制なので,残業代は出ません笑.出向先の人はでるのに,,,会社が違うとこういう不公平感を感じるんだなあとよく実感できました.)

上期に,新しく執筆した論文を国際会議で発表したりなど,順調ではあったものの,下期以降はほとんど研究に着手できず,大学の先生とも週次で行っていたミーティングが,月次くらいに極端に低下しました.しかも開いても,進捗なしという報告をする寒い状態です.

これはいかん,と思い,関係者に事情を話し,少なくとも勤務体系は前年と同じような状況に戻してもらえました. この時の周囲の方のフォローには感謝の念に絶えません.

4年目

3年目の後半6か月分のブランクの取り戻しに,全力を尽くしました.

この研究テーマとしては,初めてのジャーナル投稿ということで,まずは,国内最有力の学会に投稿しました. 残念ながら,査読者からは,先行研究調査が足りないといわれ,その後,条件付き採録Rejectという,なかなかのコンボを食らったりしました.

研究テーマを設定してから,約4年の間に,この分野はレッドオーシャンになっていたようです. マナーとしては良くないのですが,査読者から先行研究の論文リストをもらったようなものですので,それらを精読して,アプローチを分析し,自身の論文のIntroductionやRelated Workに継ぎ足しし,磨いていきました.

一旦,30ページ位の形になった後,海外のそこそこ有力学会(ImpactFactorが2点後半)に投稿しました. しかし,査読者から,ここでもMajor revisionが要求されてしまいました. 主な指摘事項は,2点.

  • 2年目に発表した国際会議の論文からの新規性が小さい
  • フィールド実験データが足りない

前者は,そもそも,国際会議で発表した内容と,ジャーナルで発表した内容は重複してもよいはずで,それが認められないのであれば,だれも国際会議で発表しなくなる(あるいは質を下げてディスカッションすることになる). 後者は,まあ,すみませんって感じですが,再現環境を実際に作るとなると,とんでもないお金がかかるし,ほとんどの他の研究は,シミュレーションで済ませているのに,なぜ私たちだけそれを要求されるの?って感じでした.

愚痴になりますが,査読者も研究内容を分かってもらえなければ,エリアエディターも,さらに査読者のコメントを誤解していたりと,交渉する気もなくなるひどいものでした.. オリジナリティを出せば出すほど,理解者が減っていく宿命であると,よくわかりました.

5年目

というわけで,3年目~4年目のグダグダを取り戻そうとするわけですが,まずは,これまでの査読者から言われたコメントに真摯に対応することを目指しました. 新規性を示すために,実験データだけでなく,数値モデルを作り,解析的に性能を出せるようにしました. また,提案法を実装するための前提条件や細かな挙動などを追加しました.

20ページくらいの形になたっところで,また別の有力学会(再録率10%未満)に投稿.

査読待ちの間は特にやることはないのですが,知識が鈍らないように,別の研究を進めていました. 案外,そちらのほうが良い結果がすぐに出てきたりして,うれしいような,そうでないような,,という状態でした.

6年目

年度が替わってすぐ,投稿していた論文誌から採録通知をもらいました. ようやく,これで研究実績がそろったことになりますので,いよいよ博士論文の執筆にかかります.

ちなみに,5年目の後半で閃いた新しい方法についても,7ページくらいにまとめてジャーナルに投稿しましたが, 査読者からは,発想は大変良いが,データ取得の前提根拠やアルゴリズム設計の細かな思想のところなどを指摘されてReject. 再度,これはこれとして,投稿準備中です. 主に学部生の指導ということで,国内の大会のネタとしてプレゼントしました.

さて,博士論文の執筆ですが・・・

続く・・・

3. 進学直後の過ごし方(単位の取り方)

前回の記事はこちら phd.hatenablog.jp

今回はあまり書くことがなさそうです.

博士課程の単位.

学部生や修士と同じように,専攻科が定める講義を通して規定単位を取得する必要があります. 単位数は科によって違うと思いますが,私の場合は,在学中に約30単位. 100単位以上を求められる学部時代とは大きく異なります. しかも,このうちの約半分くらいは,研究活動によって認定されるため, 実際に取らないといけない授業は,5~6個くらいしかありません.

  • サマリ
講義分類 単位数 取得時期 備考
所属講座 6 毎年2単位ずつ
所属講座以外 8 1年目前期・後期一度に
研究活動 10 3年目 (いつ認定されたか実はわからず・・)
集中講座 4 不定期 イベントなどあれば
合計  28

もしかしたら,誤差があるかもしれません..

授業

博士課程に所属する学生数が少ないため,授業といっても,ほとんどが研究室のミーティングルームで少人数で行います. 自分が所属する研究室以外の先生から,論文や本を紹介してもらいながら,それを読み進めるというものが大半です. テストはなく,レポートとディスカッションで単位が認定されます. 私の場合は,遠隔地にいましたので,大体はメール・スカイプベースで指導してもらいました. 詳しい仕組みは謎ですが,大体良い成績がもらえます.

ちなみに,所属する研究室の先生の講義をとることもできますが,他に履修生がいない限り,基本的には研究活動を通じた指導によって単位認定されます.そのため,所属講座の授業を受けたという印象がほとんどありません.

研究

詳しくは次の記事でご紹介します. 論文を執筆していれば,自然と10単位もらえます. 履修届を出した覚えががないのですが,認定されていました.

考慮したほうがよいこと

1年目に必要な単位はすべて取り切ったほうが良いです. 理由は,1年目は2年目以降に比べると,研究の方向性が定まっていないため,比較的時間がとれるためです. また,特定分野の研究に着手する前に,他の講座の授業を受けることで視野が広がるので,1年目はいろいろと興味のある授業をとってみるとよいでしょう. もちろん,授業を選ぶときは,所属する研究室の先生や諸先輩方に相談してもよいでしょう.

大学によっては,講義が2年に1回しか開催されないものもあるので,受けたいときに受けるとよいでしょう.

1年目にとったほうがよいもう一つの理由は,モチベーションです. 仕事をしながら進学,という難しい決断をしたすぐ後なので,多少の無理は精神的にカバーできます. また,この時期は,仕事上のサポートも得やすいので,業務繁忙でレポートかけず・・・みたいなことにはなりませんでした. この点も,周囲の方のサポートに御礼を申し上げたいポイントです.


さて,いよいよ研究についてですが・・・

続く

2. 博士課程進学のきっかけと手続き(大学・社内調整)

前回からの続き

phd.hatenablog.jp

きっかけ/動機

  • 2007年に修士課程を修了して,典型的なユーザ系SIerに入社.そこで,よくあるSIerの闇を体験しながら,大学時代に追い求めたIT技術と世の中のIT技術の乖離を強く実感.新入社員なので,当然裁量もなく,素人がゆえに作り上げてしまったであろう過去の意味不明な因習に縛られた作業を日々長時間やっている状態.
  • 数年それを続けた後,そのような現状から逃げ出したい気持ちと,大学同期との経験面で差が目に見えてくる恐怖と羨望から,社内の技術に特化した部署への異動を願い出る.願いがかなうものの,やはりそこは典型的なユーザ系SIer.技術部署のレベルは推して知るべし.学生の身分だったとはいえ,専門分野の国際会議などの第一線で発表やディスカッションの経験を味わった身としては,まったく物足りず.
  • そのような入社数年の特有の不満が募る中,某グローバルIT企業から会社宛てにクローズドイベントの招待状が届く.タイトルは忘れたが,その企業の研究成果を博士が直接アピールするというイベント.あまり興味はなかったが,お付き合いということで,私が参加することに.
  • 参加者は10名程度のこじんまりとしたものだった.博士がアピールするテーマは,データベース技術や工程管理技術の応用などで,私の興味のある技術分野ではなかった.しかし,連綿と続く研究の歴史を感じさせる発表や,目を輝かせながら説明をする研究者,私からの素人質問に対する研究者独特の回答~ディスカッション~知識発見の流れを,この場で再び体験.これが,心を,たまらなく揺すった.研究をしたいという気持ちに再び火が付いた.

決断

  • とはいえ,所属企業では,このような研究を業務としてやっておらず,また,転職しようにも研究実績としての数年のブランクは大きなマイナスとなってうまくいかず.このとき,博士課程に進学することを初めて考える.
  • やるからには,興味のある研究分野を専攻し,突き詰めて,成果を上げることを目標に,その分野で著名な海外の大学院進学をまずはターゲットにした.しかし,現実問題として,学費のみならず,生活費についても工面が必要で,国や大学の支援制度を探すものの,年齢制限や現在の収入制限などの関係で,すべて使えず.後述するが,所属企業では,大手企業のように留学制度もなく,自力で行うしかない状態.
  • 正直,やめようかと思った.
  • 宴会の中などで,友人や会社の先輩に相談に乗ってもらった.いろいろなアドバイスをもらったが,その中で決定的だった言葉は,「これからの人生の中で,今が一番若い」だった.研究活動は,若さ(タフさ)が要求されることは体験済だったので,判断に時間をかけてやるよりも,とにかく行動に移そうと決断できた. (国の支援制度に年齢があるのはこのためだと思うのもよく理解できる.)
  • これから先,熟考に熟考を重ねて研究の道を考えたり,所属企業で,留学制度を企画して規定に落とす道を考えると,モチベーションの面としても経済の面としてもよいことは想像できた.しかし,この言葉で,考える時間よりも行動する時間を増やしたほうがよい,という決断ができた.これは,振り返ると大正解だった.

  • 決断をしたものの,お金の問題は解決しない.そこで,仕事をつづけながら研究を行える可能性の高い,国内の大学院にターゲットを切り替えた.

  • 2011年の2月.運よく,これまで指導していただいた国内大学院の先生につながることができ,事情を相談.案を2つ提示される.第一案は,仕事をしながら研究ができるように,都内の有名大学の先生を紹介いただき,研究テーマを広げるもの.第二案は,遠方になるものの相談した先生に師事し,研究テーマを深めるもの.後者であれば,数日後に博士課程の2011年度最後の入試があるとのこと.とにかく,早く始めるために,後者を選んだ.

手続き

大学との調整

入試が差し迫った時期だったため,調整は最低限に.合意をとったポイントは以下2点.

入試方法

「一般入試」と「社会人特別選抜」の2つの方法があった(多分).私の場合は,先生と相談して「一般入試」で.理由は,一般入試の場合,これまでの研究実績が考慮されるため,研究実績の代わりに必要となる社会人特別選抜用の書類(作文含む)を準備しなくてよいことが決め手となった.

単位取得(通学)

博士課程も,修了要件には,一応単位取得がある.大半は,研究の過程で認定されているのだけれども,数単位については,他の先生の講座に伺って指導を受ける必要がある.というわけで,よさそうな先生を紹介してもらって,個別調整.後述するが,基本的には教科書を読んで,レポートをまとめて,ディスカッションを行うというスタイルで認定いただくことで着地.事務側としても,問題ないとのこと.

企業との調整

要求

社内に留学制度はないことを知っていたが,それでも交渉は行った.要求事項は2つ.

  1. 仕事と関連のある研究を行う場合,業務の一部として大学での研究活動を認めること.
  2. それに係る費用の一部,または,全部を負担すること.

回答

会社(人事・経営部門)からの回答は,以下

  1. 個人に利に資する活動のため,会社と関連のある研究であったとしても認定しない.
  2. 費用は負担しない.

良かった点

  • 分ってはいたけれども,改めてこの事実を確認できたことはよかった.ちなみに,所属部門のラインの上司からは相当後押しをしてもらえた.お金と時間の面は解決しなかったが,活動そのものへの理解をもらえたのは精神の面から相当励みになった.
  • その上司からは,仕事中に研究を行ってもよいといわれていたが,さすがに仕事をほったらかして研究をするわけにはいかないので,他の同僚と同じように業務時間中はただ業務に専念することにした.

    悪かった点

  • あわよくば,研究を進められるような社内業務を企画して,私が行う研究成果が,大学としても企業としても認められるような環境を作りたいと思い,それぞれの場で調整を続けた.これは,のちに悪い結果となる.二兎追うものは一兎も得ず,状態に・・・.
  • もしかすると,ここで頑張って制度化を粘っていたら,もう少し学業に集中する時間を作れて,結果として,早く修了できたかもしれない.

入試

前日まで

前日までじゃなかったかもしれませんが,以下の書類を準備.

  • 願書
  • 履歴書(職務経歴書含む)
  • 過去の研究実績(と論文の写し)
  • 修士課程までの成績表,終了証明書
  • 研究計画書 ← これが厄介
  • 研究計画書の発表スライド

研究計画書とは,博士課程進学後,何のテーマでどのような進め方をするか,といったことを1~2枚程度作文するもの.評価される項目としては,アカデミックライティングの能力を測るためのものだと思われる. 作成にあたっては,普段から仕事をしながら課題に感じている項目を書き留めていたノートがあったので,その中から研究テーマにできそうなものを選んで,作文. 詳細なテーマは伏せますが,概要としては「並列計算フレームワークにおける通信プロトコルの設計」.きっかけは,当時,イケイケだったHadoopの通信周りがあまりにも貧弱で,業務に使えなったため,これを解決することを考えました.(もちろんHadoopは例であって,研究としては一般化します.) この研究計画書作成にあたって,先行研究も十分に調査できていなく,主観的に記述することが精いっぱいでした. ただ,後日先生に聞いてみたところ,研究計画書はただの計画書なので,進学後に勉強をしたところ,当初の計画がいまいちなのが判明したなどの理由で,研究の進め方からテーマそのものまで柔軟に変更可能(というか,研究とはそういうもの)とのことで,あまり中身はどうでもよかったらしいです.

  • 入試前に,一応会社の役員に事情を説明.正式に休みを取得.

当日

  • 入試は,入試日の指定された時間に,試験会場に行って,入学審査を行う複数の先生たちの前で,研究計画を発表するもの. 発表会場は,10名掛けくらいの普通の会議室で,専攻科の教授陣が集まります. 15分くらいで,研究計画(主に研究に取り組む意義)について説明し,それに対して,先生方が質問されます. 内容は覚えていませんが,厄介な質問は,コストの問題に帰着させて,企業人独特の苦悩を共有して乗り切りました(笑). 一番心配されたのは,仕事と学業を両立させること.専攻科長からは,業務繁忙期に研究が進まなくなる事例をたくさん見てきたとのことで,相当心配されました.このとき,私の中であった,社会人だから修了条件や研究環境がちょっと甘くなるとかそういう期待は消えて,履修期間が長くなるかもしれないことを覚悟した瞬間でした.

  • 入試は,「これからの研究生活頑張って」,と言われて終わりました.ということで,無事合格なのかな?という怪しい気持ちで帰路に立ちます.

  • この日,ここまで相談に乗ってもらった先生に,お土産(駅とかで売ってるもの)を持って行ったのですが,ちょっとマズそうな顔をされていました.そりゃそうですよね.これから入試を受ける人からモノをもらうとかは,あんまり望ましくないですね(笑).

事後

  • 約1週間後の合格発表日に,受験番号の掲示がなされて,正式に合格を知ります.

合格発表後

  • 事務手続きとして,入学金と初年度(前期)の学費を支払います,引き落としではなく,敢えて,手数料の高い請求書に基づく支払いを選択しています.この理由は,会社との交渉を継続しながら,立替払いとして認めてもらえないかという期待感からですね.
  • 入学式やオリエンテーションの案内をもらいましたが,遠方なので欠席.必要な書類(学生証やシラバス)などは,後日郵送されてきました.

というわけで,進学後の話に続く・・・

1.はじめに

想定読者

  • 社会人の方で,仕事をつづけながら博士号取得(課程博士)を目指そうと検討している方
  • または,周囲に,博士課程進学者や博士号取得を目指そうとしている人がいて,その人が置かれている環境や心情を理解をしたい方

記事の狙い

  • 博士課程に進学するかどうか意思決定するときの判断材料の提供
  • 博士課程在籍者ないし博士号取得者に対する支援・処遇等の検討材料の提供

私自身,博士課程に進学するかどうか悩んだり,進学後,どのように周囲にサポートを得ていけばよいか悩んだりしたので, もし同じようにお困りの方がいたら,その人の助けになればと思い,これまでの取組みを公開することにしました,

ご注意

  • この記事は,単なる実体験に基づきながら博士号取得の足どりを紹介する記事であって,博士号取得を推奨したり,博士号取得者の処遇を改善したりしようとする宣伝目的の記事ではありません.
  • 修士課程(博士前期課程や一貫性課程など含む)から直接博士課程に進学される方や,論文博士(乙申請)を目指す方,退職や博士号取得をミッションに与えられた業務を行う方など,博士号取得に専念できる方には参考にならないと思います.
  • 博士課程は専攻する学問や師事する先生,所属する大学によって,状況は大きく異なると思います.したがって,この記事の通りでないことも多いと思います.妄信しないようにご注意願います.

全体を通して言いたいこと

  • 企業で仕事を行いながら大学の博士課程に進学し,博士号を取得することは可能だが,その道は過酷.
  • よって,周囲の支えがないとより一層困難に.支えて頂いたすべての皆さまに感謝.

得られたもの

  • アカデミックサイドからの研究ノウハウ(問題発見から解決までの道筋)
  • 短い時間でロジカルに論文を作成する力
  • 専門分野とその周辺の体系的な知識と説明テクニック
  • 人的ネットワーク(私の場合は僅かですが・・・)
  • 博士号と実績(論文が学術雑誌に採録されることなど)

と書きましたが,まだまだ未熟だと自覚しているところです.

失ったもの

言い換えると,投入した資源のことです.

時間

自分の余暇の時間を使うほかありません. 勤務時間中は仕事に専念していますし,休暇や時間外労働もほかの社員と同様の条件です. (よって,仕事が炎上すると,研究が止まります)

名目 時間 備考
入学手続き・入試 4日 研究計画発表,事務手続きなど
授業(主査の先生以外のもの) 20日 講義聴講・レポート作成・ディスカッション等
授業(主査の先生) 0日 実質,研究指導で単位認定
研究・実験 300日 6年間,夜間・土日は実質ずっと
発表準備 300日 同上(論文執筆時間のほうが長かった気も)
論文発表(D論除く) 15日 海外だとそれなりに長く.会社の夏休みを利用
D論(事務含む) 90日 唯々分量が多い・・・
その他 30日 査読協力,後輩指導,お付き合いなど.
合計  769日 1週間あたり23時間(土日+平日空き時間)を6年間

※1日とは8時間のことを指す

※お付き合いイベントは配慮してもらって,あまり参加しておりません.

お金

金額はおおよその値で,6年合計で計算したものです.

名目 金額  自己負担金額 備考
入学金 270,000円 270,000円 初年度のみ
授業料 3,240,000円 3,240,000円 半年ごとに27万円
書籍代 50,000円 25,000円 極力,会社で理由をつけて購入
交通費 250,000円 125,000円 大学都合によるものは研究室負担
学会会員費 120,000円 120,000円 ACM, IEICE
論文投稿料 300,000円 0円 研究室負担(自分で払ってないので,詳細不明)
実験費用 1,000,000円 400,000円 個人PCのみ自費負担.ソフト・サーバは研究室負担
論文印刷料 180,000円 180,000円 D論の製本(意外と高い),論文印刷確認用
合計  5,410,000円 4,370,000円

私の所属企業では,博士号取得に係る制度がないため,会社の金額負担はほとんどありませんでした.

目次

長くなる記事になりますので,いくつかのページに分割して記載します.

  1. はじめに(このページ)
  2. 博士課程進学のきっかけと手続き(大学・社内調整)
  3. 進学直後の過ごし方(単位の取り方)
  4. 研究の進め方と研究発表(社会人学生としての研究の苦悩)
  5. 学位申請と博士論文執筆(公聴会までの流れ)
  6. おわりに(博士号取得後のお話)

※内容は変わる可能性があります.

著者について

博士課程進学前

  • 2007年3月 修士課程修了(修士(工学))
  • 2007年4月 就職(大手企業の総合職として.エンジニアではなく)

肩書はエンジニアでしたが,やっていることは委託管理や契約事務,社内調整等が主で,ときどき,技術企画や経営層に説明に入る資料等を上司について手伝っていました.

博士課程進学後

  • 2011年4月 博士後期課程進学,このとき,28歳
  • 2017年3月 博士後期課程修了(博士(工学)), このとき,34歳
  • 博士課程の専攻分野は工学.研究分野は通信プロトコル修士と同様)

博士課程在籍中も,他の社員同様に仕事は通常通り担当していました.この辺りの両立の話は,後ほど詳しく記載します.

つづく・・・